「誰でも登れるエベレスト」は、もう過去の話になるかもしれません。
ネパール政府は、登山許可に“高度な経験”を条件とする新法案を提出。
さらに、中国側でも厳しい規制が進行中です。
世界最高峰に挑むためには、実力と準備がこれまで以上に問われる時代が到来しています。
エベレスト登山に「経験者のみ」許可の方針
2025年春、ネパール政府はエベレスト登山の許可条件を大幅に見直す法案を提出しました。これまで比較的自由に許可されていた登頂申請に対し、今後はネパール国内の標高7,000メートル以上の山を事前に登頂していることが義務付けられます。
この背景には、過去数年にわたって頻発した登山中の事故や混雑によるリスクの増大があります。2023年の登山シーズンでは、登山者が「デスゾーン」と呼ばれる高度8,000m以上の渋滞に巻き込まれ、12名が死亡、5名が行方不明となりました。
加えて、遠征のガイドやリーダーがネパール国籍であることも条件に加わる見通しです。安全性の確保だけでなく、地元経済への利益還元も狙いの一つとされています。
登山者数と死亡者数の推移
エベレスト登山の規制強化には、明確な根拠があります。以下の表とは、2019年から2023年にかけての登頂者数と死亡者数の推移を示したものです。
年 | 登頂者数 | 死亡者数 |
---|---|---|
2019年 | 876人 | 11人 |
2020年 | 0人 | 0人 |
2021年 | 420人 | 4人 |
2022年 | 670人 | 3人 |
2023年 | 478人 | 12人 |
登頂者数は2019年がピークですが、死亡者数は11人と2番目の数字。
対して、2023年は登頂者数が478人で、そのうち12人が死亡。5年間でもっとも事故が増加し、多くの死者が出たことで、登山者の「質」に対する議論が加速しています。
※2020年は新型コロナウイルスの世界的流行により、ネパールと中国の両政府が登山許可を全面的に停止し、登頂者はゼロとなりました。
中国側も規制を強化:北側ルートの新たな条件
エベレストの登頂ルートは、ネパール側(南東ルート)だけでなく、中国・チベット自治区側(北東ルート)からも存在します。近年、中国側でも安全性と環境保護を目的とした規制の強化が進んでいます。
中国チベット登山協会(CTMA)は、登山許可の年間発行数を最大300人に制限し、無謀な挑戦を抑止。さらに、登山申請には過去の高山登頂歴の証明が必要で、補助酸素の使用も義務化されています。
外国人登山者には、CTMAが認定したプロガイドの同行も必須。こうしたルールはネパール側よりも厳格で、登山の「質」を重視する中国側の姿勢がうかがえます。
ネパールと中国、両国が規制を強化する今、エベレストは“経験と準備がある者だけが挑める山”へと変わりつつあります。
登山文化の変化と今後の課題

かつて“誰でも挑戦できる夢の山”だったエベレストは、今や「登れる者」と「登れない者」を分けるフィルターが設けられつつあります。これは事故の抑制という観点では歓迎すべき変化ですが、一方で観光業界への影響も懸念されています。
高額な遠征費と登山経験の条件により、挑戦できる人は限られていくでしょう。それでも、自然と命を軽視しない登山文化の醸成には必要な過程かもしれません。
「登る」ことそのものに加え、「どう登るか」が問われる時代へ――。エベレストは今、分岐点に立っています。